約 3,317,965 件
https://w.atwiki.jp/tohomusicdb/pages/652.html
燕石博物誌 ~ Dr.Latency s Freak Report. ZUN s Music Collection Vol.8 収録曲リスト 他愛も無い二人の博物誌 凍り付いた永遠の都 Dr.レイテンシーの眠れなくなる瞳 九月のパンプキン 須臾はプランクを超えて シュレディンガーの化猫 空中に沈む輝針城 禁忌の膜壁 故郷の星が映る海 ピュアヒューリーズ ~ 心の在処 永遠の三日天下
https://w.atwiki.jp/kagakyon/pages/1064.html
小泉の人◆FLUci82hb氏の作品です。 とある日のことである。 俺は何気ない平和な日常に感謝しながら机の上で、腕を枕にしながら寝ていたのだ。 窓から射し込む午後の光が特にまどろみを誘うので、逆らわずに素晴らしき午睡に身を任せていた。 意識がほわほわと消えかける直前に俺の目が捉えたのは長く、それでいて全く傷みの見えない艶やかな青髪。 目を輝かせてこちらを見る泉の瞳。 その小さな手に握られた「メガネ男子」という本─────────本? ……というか泉がこちらを見ている? 腕の上で眠気に身を任せていて頭が働いていない俺であるが、ここ最近出番の無かった危機感知能力が警報をあげた。 それによって眠気が潮の引くような感覚で一気に消えていく。 「………」 泉は俺の様子をうかがっている。 このまま寝たふりをすれば謎の、外れたことのない俺の危機感知能力が報せる危険を回避できるかもしれない。 しかし泉の観察眼も侮れたものでは無く、寝たふりがバレない可能性もまた低いかもしれない。 どうする?いきなり立ち上がって帰るのもありだろうか? 正解はどれだ…? 危険を感知できても正解を知ることはできない俺の中途半端な第六感を恨みつつ、二択の問題に悩む。 依然として腕に頭を乗せて寝ているようにしか見えないだろうが、俺はこんな風なことを考えていたのさ。 「……グー」 あくまでもわざとらしく過ぎない程度に寝息を立てる。 感じる…奴は今、俺に視線を固定して真偽を確かめているのだろう。 泉にも人としての良心があるならば寝ている人を無理やり起こす筈は無い…と思いたい。 顔は腕に隠れて見えない筈だしこのままでいればやり過ごせる…か!? 何を考えているのかわからんが、俺の二十年足らずの人生で育て上げた虫の知らせが危険を予知しているのだ。 特にあの顔を伏せる直前に覗かせたあの瞳の輝き。 あれは人で遊ぼうと画策する意志が見えていた。 よーく知ってるぞ。ハルヒもよくあんな目をしているからな! 「キョンキョーン…」 ぼそり、と俺を呼ぶ泉。 しかし俺は寝ているという設定を維持するので返事をする訳がない。 そのまま無視して寝ていると 「ふぅー」 泉の野郎は丁寧に擬音付きで息を吹きかけやがりました。 だが流石にここまでして起きないなら諦めて…… と、その時。ふたりきりで残っていた俺たちに声がかけられた。 「こなたー?帰らないの?」 こ、これは天の助け!? おそらく声からしてかがみ。 たぶんいつまでたっても降りてこない泉を不審に思い、迎えにきたのだろう。 「おや、かがみん」 「おや、じゃないでしょうが!一体いつまで教室に残ってるつもりなのよ!」 「うーん…」 いいぞ柊!そのまま泉を連れて帰ってくれ! やはり端から見れば居眠りしてるだけなのだが、内心はガッツポーズなどしてたりする。 聞き耳だけはしっかりとたてて、行く末を見守る。 「でもキョンキョンがさぁ」 「キョン君?……いや、寝てるんだからそっとしてあげなさいよ」 ナイスだ柊!!お前に惚れた!勿論嘘だが! 「実はキョンキョンに用事があってサ」 待て。初耳だぞ? 思わず声をあげる所だったが、ギリギリで押さえ込む。 どうにも俺の立ち位置というのはツッコミのようで、泉の珍態にはついツッこむ癖が付いてしまった悲しい俺のサガである。 「用事?…って何?」 うむ。俺の心の代弁感謝する。 そんな俺らの疑問をよそにすんなりと答える泉。 「放課後に少し一緒に遊ぼーねって」 ……………。 「…………」 オイ、少し待て。 初耳に初耳を重ねた話題だぞ? 嘘か?お前何嘘吐いてるんだコラ!? 「あ、あっそうなの?…ゴメン。お邪魔だったよね」 待て待て待て!!!??絶対誤解してるぞ!? なんだお邪魔って!? むしろ助けに…あぁぁ!!!足音が段々離れていくのが聞こえる……。 …って待てよ!?柊が居るのに何故俺は寝たふりを続けているんだ!? パッと起きて柊に泉を任せてそのまま帰って昼寝の続きを満喫すればいいんじゃ ないか! なんという馬鹿か……俺って奴は……。 柊が完全に去る前に起きて任務を達成できれば全て丸く収まるじゃないか! ……いや、もう遅いか。 足音が離れていくのをこの耳で聞いたのだ。 ならここで立って逃げようとしても泉に起きていることを教えるだけに終わるかもしれん。 ならこのまま寝たふりでやり過ごすのが最善な 「ふぅー」 「うぉああ!!!????」 ガタン!と椅子を倒しかねない勢いで後ろに推しながら立ち上がってしまった。 それは耳に吹き込まれた息のあまりの不快感によるむず痒さが襲ってきたからで。 「何をする!?」 「あ。やっぱ起きてたんじゃん」 いけしゃあしゃあと自分に非が無いような態度を示しながら俺を指さす。 そしてわかりやすいように頬を空気で膨らましてなんぞいる。 「寝たふりとか女の子にしたら傷つくよ?」 「一応言っておくと普通に眠かったからな?」 「ところでキョンキョン暇だよね」 「全く話を聞こうとする姿勢を見せる気は無いのか」 「ないよ」 そう宣言すると手に持っていた本…"メガネ男子"を俺の机に置く。 ふむ。 「ところでさ、」 「そうか」 机の横に掛けてあったカバンを取り、立ち上がる。 ガンガンガンと警鐘をならす俺の第六感が今ここで抜け出さなければ危険なことになると叫んでいる。 なのでいささか強引であるがスルーして帰ることにしたのだ。 「ってなんで帰ろうとしてるのさ!!」 教室の扉に手をかけた所で俺の両肩に抵抗がかかった。 肩に視線をやってみればそこには白い指が全力で俺の歩みを止めようと頑張っていた。 しかし悲しいかな、体重差がありすぎるのでろくな抵抗にすらなっていない。 「……」 「ぬぁーっ!!??」 ずるずるとそのまま進む。 後ろから変な鳴き声が聞こえるが気のせいだろう。 廊下にも温かな日差しは射し込んでいて体をゆるやかな温かみを与えてくれる。 こんな日は布団にもぐりこんで惰眠をむさぼるのもいいしシャミにかまってやるのも楽しめるだろう。 おや、あんなところにスミレが咲いてら。なんともささやかな平和だなぁ。 あのフェンスの向こうには犬がいてこちらを見つめている。 うーむ、野生動物のあの感の良さってなんなんだろうな。 「無視反対!!!!!!」 「うおっ!?」 ドーン!!と今度は背中全体に重い衝撃がのしかかった。 「ぐぅっ!」 ゴキン、と嫌な音が腰から脳に響いたような 「う、お、ぉ………?」 「いや直球で言うけどメガネかけよーよ!メガネメガネ!!」 「腰が、痛…」 「キョンキョンもメガネ絶対意外と似合うって!」 先ほどまで俺の肩に添えられていた手はがっちりと首の前で交差して、泉の腕はがっちりと首をホールドしていた。 つまりそれは泉が俺に飛び乗ったわけで、三十キロ超の物がいきなりのしかかってきたのと同じである。 そりゃ腰を痛める筈である。 「…どしたの?」 「いいから、降りろ」 なるべく眉をしかめるような顔を作り、怒りと痛みを表現してみせる。 しかし全く通じてない。泉は俺におんぶされたような体勢のまま動こうとせずにそのまま話を続ける。 「降りたらキョンキョン逃げそうだし…」 「腰を痛めた。俺は帰って湿布を貼って寝る」 「またまた、本当に痛かったら立ってられないってば」 「あ」 どうやら通じてないという話ではなく見透かされていたという話だったか。 策を色々弄してみたが、これですべて無駄に終わった訳で、泉は恐らく俺がつきあわん限り背中から降りようとしないだろう。 「ああわかったわかった。暇つぶしに付き合ってやるから降りろ」 「だが断る。私の最も好きなことは土壇場で逆転しようとする奴の策を踏みつぶしてやることなのさ!!」 街をこの恰好(見た目幼女をおんぶ)で歩けと? 一体どんな羞恥プレイだ… 思い返せば、頭のなかの天然危機感地装置はすさまじく音量を増しながら鳴っていた筈なのだがあんないい天気のせいか、それとも少なからず泉を憎くは思ってなかったからか。 このときの俺は別にいいか、と思ってしまっていてのさ。 「この黒ぶちの太いフレームがいいね!萌えるよ!さっすがキョンキョン!」 「あまり耳元で息を荒げるな」 「御兄妹ですか?」 「いえ恋びt」 「ただの友達です」 「お似合いですね」 「そうでしょう!」 「いや、少しは俺の話を」 「あ、いらっしゃいませー」 「あの店員さん?俺の声は聞こえてますか?」 「あらキョン、……と泉さん?」 さて、この会話で何を想像されるかは各人の自由である。 客観的な事実とハルヒがここに来た理由だけをここに記しておく。 皆はハカセ君を覚えているだろうか? そう、俺と朝比奈さんがカメをあげたあの少年だ。 彼は視力が落ちてきたために眼鏡を新調するので、ハルヒにセンスのいいフレームを選んでもらおうと頼んだらしいのだ。 その下見をしていたらしく、俺が教室で惰眠をむさぼってられた…つまりハルヒが俺をひったてに来なかったのはそれが理由だったらしい。 顔を見合わせた後、数瞬だけフリーズしたハルヒは俺たちに満面の笑みを向けた。 そして…その、だな……実はこの書いている文章はハルヒによる強制的な『泉と俺のデート』についてのレポートなのだ。 あんな事になった経緯を書き記せと言われたのだがもうここらでいいだろう。 もちろんこのグダグダと書いている部分は後で消してハルヒに渡すつもりだ。 つまり俺の現状を客観視したいがための部分である。 はぁ、なぜ俺はこんなことを書かなきゃならんのだ? 俺に罪は無いし、あの虫の知らせに従っていればこんな文を打たずに済んでたしハルヒの大暴れの被害も受けなかっただろう。 ああちなみに大暴れってのは店でjなnハルヒが後ろにいt作品の感想はこちらにどうぞ
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/1247.html
Report.11 涼宮ハルヒの遭遇 SOS団集団下校。それは何も変わらない、いつもの光景だった。 「あれっ!?」 涼宮ハルヒは驚き、声を上げた。 「どないしたんや、ハルヒ。」 【どうしたんだ、ハルヒ。】 『彼』が問い掛ける。 「ほら、あそこ、踏み切りの向こう。あそこにおるの、朝倉違(ちゃ)う!?」 【ほら、あそこ、踏み切りの向こう。あそこにいるの、朝倉じゃない!?】 「何(なん)やと!?」 【何(なん)だと!?】 『彼』は驚愕した表情で彼女の指す方向を見た。しかし、その視線はちょうど走ってきた電車に阻まれる。電車が通り過ぎると、そこには誰もいなかった。 「見間違いか、他人の空似と違(ちゃ)うか?」 【見間違いか、他人の空似じゃないか?】 「いや、あれは間違いない!」 こうして、翌日の不思議探索ツアーは、『朝倉涼子の捜索』に決定した。ここでも彼女の力は遺憾なく発揮され、捜索開始から二時間後、わたし達は求める者に遭遇した。 ……朝倉涼子が、そこにいた。 「朝倉っ!」 ハルヒが声を掛けた。『朝倉』と呼ばれた少女は、びくりと身体を震わせて、声の元に身体を向けた。 「あんた、朝倉涼子と違う?」 【あんた、朝倉涼子じゃない?】 「え、は、はい、そうですけど……」 「やっぱりー! 久しぶりやな~、元気してた?」 【やっぱりー! 久しぶりね~、元気にしてた?】 「え? え?」 『朝倉』と呼ばれた少女は、目を丸くして戸惑っている。 「あ、あの……話が見えへんのですけど……」 【あ、あの……話が見えないんですけど……】 「ひどいな~元クラスメイトにそれはないん違(ちゃ)う?」 【ひどいな~元クラスメイトにそれはないんじゃない?】 「えっと……あの、あなた達は誰……ですか……?」 今度はハルヒが困惑する番だった。 「誰……って。あたしは元、北高の1年5組、涼宮ハルヒ。で、こっちが同じく元、北高1年5組のキョン。覚えてへんの?」 【誰……って。あたしは元、北高の1年5組、涼宮ハルヒ。で、こっちが同じく元、北高1年5組のキョン。覚えてないの?】 「覚えてへんって言うか……そもそも『北高』って一体……?」 【覚えてないって言うか……そもそも『北高』って一体……?】 『彼』の紹介があだ名であることについては、本人から以外には誰からも指摘の声は上がらなかった。 「あんた、『朝倉涼子』やんな?」 【あんた、『朝倉涼子』よね?】 「え? ええ、『朝倉涼子』ですけど……」 「涼子ー! 何してんのー?」 【涼子ー! 何してるのー?】 その時、『朝倉涼子』に声が掛けられた。声の主を見て、SOS団一同は固まった。 「あ……有希……」 『朝倉涼子』は、声の主を見て、安堵した声を漏らした。 ……長門有希が、そこにいた。 「どしたん? なんかいっぱい人がおるけど。涼子の知り合い?」 【どしたの? なんかいっぱい人がいるけど。涼子の知り合い?】 『涼子』と呼ばれた彼女は、ふるふると、首を横に振った。 「えっと……全然知らん人達……」 【えっと……全然知らない人達……】 それを聞くと、『有希』と呼ばれた彼女はハルヒに向かって言った。 「えーと、どちらさんか知らへんけど、あんまりこの娘を怖がらさんとってくれる? ナンパやカツアゲにしちゃ男女比率おかしいけど、本人はあんたらのこと知らへん言(ゆ)うてるし。」 【えーと、どちらさんか知らないけど、あんまりこの娘を怖がらさないでくれる? ナンパやカツアゲにしちゃ男女比率おかしいけど、本人はあんたらのこと知らないって言ってるし。】 『有希』は『涼子』をかばうように一歩前へ出ると、続けた。 「もしご不満やったら、わたしが相手になるし。」 【もしご不満なら、わたしが相手になるわ。】 彼女は意志の強そうな眼で、涼宮ハルヒを見据えていた。 「あ、あの……有希。」 「なに?」 『有希』は軽く振り向いて『涼子』の声に答えた。 「わたしは知らへんねんけど、その人、わたしの名前知ってるみたいやねん。それに……」 【わたしは知らないんだけど、その人、わたしの名前知ってるみたいなの。それに……】 そう言って視線をあるところに向ける。 「あんたが知らんのに、相手が名前知ってるなんて、ますます怪し……」 【あんたが知らないのに、相手が名前知ってるなんて、ますます怪し……】 答えつつ、『涼子』の視線を辿った『有希』は、途中で声を失った。視線の先にいるのは、わたし。すなわち『長門有希』。 ……彼女にそっくりな少女が、そこにいた。 『…………』 全世界が停止したかと思われた。沈黙がその場を支配する。 「……つかぬことを伺うけど。」 最初に口を開いたのは、ハルヒだった。『有希』と呼ばれた少女に問い掛ける。 「……なに?」 「あんたは……『長門有希』?」 「そうやけど……何(なん)であんたがわたしの名前知ってんの? それに……」 【そうだけど……何(なん)であんたがわたしの名前知ってるの? それに……】 「ああ、皆まで言わんといて。何が言いたいか、大体分かるから。それにしても奇遇やねぇ。この娘は……」 【ああ、皆まで言わないで。何が言いたいか、大体分かるから。それにしても奇遇よねぇ。この娘は……】 ハルヒはぎこちなく、顔ごとわたしに視線を向けた。 「長門有希。」 わたしはいつも通りの平坦な声で答えた。再びその場を沈黙が支配した。 「これはこれは、えらい光景ですなー……」 【これはこれは、すごい光景ですね……】 古泉一樹が、引き攣った笑顔で言葉を漏らす。わたし達は、再び真っ先に沈黙の状態異常から回復したハルヒの提案により、近くの喫茶店に入っていた。 わたしと『長門有希』、『彼』と古泉一樹と朝比奈みくる、ハルヒと『朝倉涼子』に分かれ、卓の三辺に座っている。 そう。卓の一辺には、まったく同じ外見を持った二人が並んで座っている。そしてその二人は、赤の他人。 「世の中には似てる人が三人いるって言うけど……」 ハルヒは、まじまじと、わたし達を見比べている。 「うーん、不思議な気分やわ。自分の顔が近くにあるって。」 【うーん、不思議な気分だわ。自分の顔が近くにあるって。】 『有希』は、鏡片手に、わたしと自分の顔を見比べている。 「……名前まで同じなんて、すごい偶然ですね……」 『涼子』は、おずおずと感想を述べた。 「今この場におらへんけど、あたしの知ってる人も、あんたとよぉ似とぉし、名前も同じやねんで。最初に声掛けたときは、絶対本人やと思(おも)たもん。」 【今この場にいないけど、あたしの知ってる人も、あんたとよく似てるし、名前も同じなのよ。最初に声掛けたときは、絶対本人だと思ったもん。】 と、ハルヒは『涼子』に言った。 「それで、あんた達はどういう関係なん?」 【それで、あんた達はどういう関係なの?】 「わたし達は、従姉妹。」 ハルヒの問いに『有希』が答える。 「今日はちょっと親戚の集まりがあって、この辺りに来てたんやけど。まさかこんな出会いがあるとは思わんかったわ。」 【今日はちょっと親戚の集まりがあって、この辺りに来てたんだけど。まさかこんな出会いがあるとは思わなかったわ。】 ふに。 ふにふにふに。 『有希』は、わたしの胸を一掴みし、それから自分の胸を掴みながら言った。 「胸の大きさまで同じって……」 「ちょ、ちょっと!? あんた女のくせに、なに女の子の胸揉んどぉ!?」 (あたしの有希に、なに手ぇ出しとぉ!!) 【ちょ、ちょっと!? あんた女のくせに、なに女の子の胸揉んでんの!?】 《あたしの有希に、なに手出してんのよ!!》 あなたがそれを言うのですか、ハルヒさん。 もしわたしが『彼』だったら、そんなツッコミをしていただろう。なお、括弧書き内はわたしが補足した。 「ええやん、女同士なんやし。気にしたらあかん。それにしてもあんたは無表情やなー。」 【良いじゃない、女同士なんだし。気にしちゃだめよ。それにしてもあんたは無表情ねー。】 『有希』は、わたしの口に指をつっこんで横に広げたり、眉尻を下げさせたりして遊んでいる。 (あの娘は長門にそっくりやけど、怖いもの知らず……ある意味ハルヒっぽいな……) 《あの娘は長門にそっくりだけど、怖いもの知らず……ある意味ハルヒっぽいな……》 (ええ、そのようで。) 『彼』と古泉一樹は、小声で会話している。 「それにしても、こんな近所に、そっくりな娘がおるとは思わんかった。引越ししてへんかったら、もっと早(はよ)会えたんかな?」 【それにしても、こんな近所に、そっくりな娘がいるとは思わなかった。引越ししてなかったら、もっと早く会えたのかな?】 「前は近くに住んでたん?」 【前は近くに住んでたの?】 「今は大阪に住んでるけど、四年前までは、宝塚におってん。ほんで涼子が西宮やったから、時々遊びに行っとってんわ。同い年やし。」 【今は大阪に住んでるけど、四年前までは、宝塚にいたの。それで涼子が西宮だったから、時々遊びに行ってたのよ。同い年だし。】 「ふーん。で、涼子ちゃんは、どこ住んどぉ?」 【ふーん。で、涼子ちゃんは、どこ住んでるの?】 「あ、わたしも、今は大阪に住んでます。有希の近所。四年前に引越しました。」 「あー、あと一年ほど早(は)よ会(お)うてれば、もっとおもろい光景が見られたのになー……さっきも言(ゆ)うたけど、あんたにそっくりの同姓同名の娘が、同級生におってん。急に外国……カナダへ転校してしもてんけど。」 【あー、あと一年ほど早く会ってれば、もっと面白い光景が見られたのになー……さっきも言ったけど、あんたにそっくりの同姓同名の娘が、同級生にいたのよ。急に外国……カナダへ転校してしまったんだけど。】 「そんなによぉ似てるんですか?」 【そんなによく似てるんですか?】 「もう似てるなんてレベル違(ちゃ)うで! 同じ人間のコピーかと思うくらいそっくりやねん! 雰囲気とか……ああ、あと声も一緒やわ。」 【もう似てるなんてレベルじゃないわ! 同じ人間のコピーかと思うくらいそっくりなの! 雰囲気とか……ああ、あと声も一緒だわ。】 「……わたしも、よく似ているの。」 『有希』は、平坦な声で話した。 「!? すご! 喋り方を合わしたら同じ声や!!」 【!? すご! 喋り方を合わせたら同じ声だ!!】 「……そう。でもわたしは、彼女の声をほとんど聞いていない。」 『有希』はわたしのモノマネをしている。そっくり。 「わたしの声は、もっと高いと思われる……くくく、ははは、あーっはっはっは!」 『有希』は声を上げて笑い出した。 「あかん、おもろすぎる! ツボにハマってしもた! わたしが無表情やったら、こんな顔なんやな。そんな顔で、わたしのいつもの声で喋るとこ想像したら……ぶはははは! あかん、止まらへん!」 【だめ、面白過ぎる! ツボにハマっちゃった! わたしが無表情だったら、こんな顔なのね。そんな顔で、わたしのいつもの声で喋るとこ想像したら……ぶはははは! だめ、止まらない!】 「くくく……た、確かに、あんたのさっきの声で有希が喋るとこなんて、想像つかへんわ!」 【くくく……た、確かに、あんたのさっきの声で有希が喋るとこなんて、想像つかないわ!】 ハルヒと『有希』は、腹を抱えて大笑いしている。 朝比奈みくる、古泉一樹、そして『彼』は、三人とも明後日の方向を向いている。 しかしわたしには分かる。三人とも肩が震えている。どう見ても笑いを堪えている。三人とも、わたしが『有希』の声色を使うところを想像しているらしい。 ……朝比奈みくるは、先日の実験で、そんなわたしの声も知っているはず。それでも笑えるのだろうか。よく分からない。 そしてわたしの記憶領域にある試論が展開された。ハルヒが言うように、今目の前にいる『長門有希』の声で話すこと。 これは、元々このインターフェイスが持っている声色でもあるので、何の難しいこともない。そして、涼宮ハルヒの退屈を紛らわせるのにちょうど良いと判断した。 「それはこんな感じ?」 わたしは、ある程度抑揚をつけて『長門有希』の声色で話した。表情はそのままで。 『!?』 わたし以外の全員が絶句した。 「ゆ、有希……」 ハルヒが恐る恐る言った。 「あんた……無表情でその声は……ユニーク……」 わたしの台詞を取られた。 よく知る人物によく似た姿かたちで、かつ同姓同名である人物との遭遇は、ハルヒの好奇心を大いに満足させた。特に『長門有希』については、同じ姿の人物が二人並んでいることもあって、しきりに二人を見比べては目を輝かせる姿が見られた。 その後も他愛もない話に花を咲かせ、主にわたしが『有希』とハルヒに玩具にされながら、にぎやかな時間を過ごすうち、彼女達が帰る時間となった。 「今日はすごくおもろい日やった!」 【今日はすごく面白い日だった!】 『有希』はやや興奮気味に、今日の感想を述べた。 「あんまり長いこと家(うち)を空けてると、みんなが心配するし、もうそろそろ帰るわ。」 【余り長い間家(うち)を空けてると、みんなが心配するし、もうそろそろ帰るわ。】 「名残惜しいけど、しゃーないな。」 【名残惜しいけど、仕方ないわね。】 ハルヒと彼女達は、連絡先を交換していた。 「そんなに遠く離れてるわけでもないし、また今度会えたらええですね。」 【そんなに遠く離れてるわけでもないし、また今度会えたら良いですね。】 『涼子』が言った。彼女もとても楽しそうに見えた。 「そやね。有希! って、やっぱり自分と同じ名前呼ぶんは変な気分やな……また今度、遊ぼな!」 【そうね。有希! って、やっぱり自分と同じ名前呼ぶのは変な気分ね……また今度、遊ぼうね!】 「……また、今度。」 わたしは平坦な声で答える。 「ふふふ。今度はカラオケで『有希』ちゃんと有希のデュエットとかしたら面白そうやね。ダブルヘッダーならぬ、ダブルユッキーで。」 【ふふふ。今度はカラオケで『有希』ちゃんと有希のデュエットとかしたら面白そうよね。ダブルヘッダーならぬ、ダブルユッキーで。】 『涼子』はそう言って微笑んだ。 「わたしに似てるっていう、もう一人の『朝倉涼子』さんにも、会(お)うてみたかったなあ。」 【わたしに似てるっていう、もう一人の『朝倉涼子』さんにも、会ってみたかったなあ。】 「そういえばあいつ、急に転校したあと、手紙の一つも遣さへんねんで? たまにはひょっこり一時帰国でもして、顔出したらええのに。」 【そういえばあいつ、急に転校したあと、手紙の一つも遣さないのよ? たまにはひょっこり一時帰国でもして、顔出したら良いのに。】 ハルヒは『涼子』を抱きかかえ、頭を撫でながら言った。 「何(なん)かね、ほんま漠然としてるんやけど、何となく、あいつとはまた会えるような気がすんねん。」 【何(なん)かね、ほんと漠然としてるんだけど、何となく、あいつとはまた会えるような気がするのよ。】 ハルヒに頭を撫でられている間、『涼子』は頬を朱に染め、目を細めていた。 「ほな、また今度! ……ほな、行こか、涼子。」 【じゃあ、また今度! ……じゃ、行こうか、涼子。】 「うん。皆さんもお元気で。もう一人の『朝倉涼子』さんにもよろしく……って言(ゆ)うても、おらへんのか。」 【うん。皆さんもお元気で。もう一人の『朝倉涼子』さんにもよろしく……って言っても、いないのか。】 こうして、彼女達は去って行った。 わたしたちの出自を整理する。 わたし達、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイスは、身体を構成する際、外見は実在する人間を基にしている。端末により若干の改変を行う場合もあるが、基本的には基の人間の姿かたちをそのまま使用している。 もちろん、涼宮ハルヒの身辺に配置されるに当たって支障とならないよう、涼宮ハルヒとは物理的又は時間的に遠くに存在する人間の情報を利用する。 実は端末の開発初期段階では、それまでの基本的な観察結果を基に、全く新規に端末の外見を構成する予定だった。 しかし、計画は頓挫した。いざ実際に作成し、現場に投入してみると、様々な問題が発生した。その時の騒動は情報操作によって、人間の歴史からは完全に消え去っているが、それは凄まじいものだった。人間の世界に存在するもので例えると、『3DCGによって製作されたヴァーチャルアイドル』。そのようなものが実際に肉体を持って街を歩けばどうなるか。街は恐慌状態に陥った。 なお、端末の稼動が軌道に乗った時点で行われた追跡調査で、その時に投入された端末の出来は、『ヴァーチャルアイドル』と呼べるほどの品質ですらなかったことが判明した。情報統合思念体の一部では、人間の言葉になぞらえてその時の試作端末を『モッコス』又は『邪神セイバー』と呼称して揶揄している。言葉の由来は、『フィギュア』と呼ばれる人形の一種で、非常に出来が悪いことで有名になった個体名から。 情報空間においては、仮想も現実も大した区別を必要としない。だから、情報空間に生きる情報生命体である情報統合思念体には、仮想と現実の差が大きな意味を持つ有機生命体の思考に、仮想と現実を踏み越えた外見が大きな影響を及ぼすことは、本質的に理解できなかった。 プロジェクトは暗礁に乗り上げた。どうすればこの状況を打開できるのか。情報統合思念体は、決定的な回答を持ち合わせていなかった。 「人間をそのまま写し取れば良い。」 その時、どこかの派閥が閃いた。 「我々と有機生命体とでは、違いが大き過ぎる。観測初期においては、既存の人間の外見を流用するのが効率的ではないか。」 情報統合思念体の目的は、有機生命体である涼宮ハルヒの観測。これは未知の領域への進出。分からないから理解するために、対象と良く似た構造のインターフェイスを派遣する。しかし、分からないものを作ることはできない。ならば、その最初の一歩はやはり既存のものの流用から始めるしかない。 こうして端末の外見の仕様が固まった。次に問題となったのは、どのような外見を流用するのか。それまでの観測結果によると、対象となる『人間』には、外見的特徴に、いくつかの共通する類型があることが分かっていた。 まず『性別』。これは人間に限らず、多くの有機生命体に見受けられる特徴で、外見だけではなく生命体の増殖にとって重大な意味を持つ特徴。 次に『人種』。これは主に皮膚の色調に代表される大まかな分類。 そして『民族』。同じ人種でも、民族が違うと外見的特徴が変化する。 観測の結果、涼宮ハルヒが生息する地域では、ある人種が圧倒的多数を占める普遍的存在として認識されていた。 そこで端末の外見は、当該対象の生息する地域で圧倒的多数を占める、『日本人』という集合の中から選定されることとなった。 そして涼宮ハルヒの基礎的な観測データを基に、彼女が望む人物像に合致した人間の外見を検索していった。性格は別個に検索し、組み合わせる。こうして彼女が望む性格と外見を持った端末を製作していった。 しかし、最後に難関が待っていた。 彼女に最も近い場所に配置する端末の外見が、見付からなかった。 『見付からない』と表現すると語弊がある。正確には、存在は確認していた。 しかし、彼女の近くに配置するという重要な意味を持つ端末に与えるには余りに彼女に『近い』位置に、その外見を持つ人物は存在した。端末と、端末と同じ姿をした『オリジナル』とが出会ってしまう確率が飛躍的に高くなる。 プロジェクトは再び暗礁に乗り上げた。 「当該対象の移動を確認。『引越し』と呼ばれる現象で間違いない。」 朗報だった。 外見のモデルとするのに最も適した人物が、引越しによって涼宮ハルヒから遠い位置に移動した。それでも隣の『府』と呼ばれる地域に移動しただけなので、若干の不確定要素は残るが、涼宮ハルヒの求める人物像に最も合致する外見を使用することを優先させた。 ――長門有希、承認―― ――朝倉涼子、承認―― こうして、涼宮ハルヒに最も近い位置に配置される端末が生み出された。 長門有希は、隣のクラス、そして文芸部に、朝倉涼子は同じクラス、そして学級委員にそれぞれ配置されることが決定した。SOS団結成の三年前のことだった。 以来、端末と『オリジナル』は、全く接点を持たずに過ごしていった。プロジェクトは順調だった。途中で朝倉涼子が異常動作を起こし、結果、情報統合思念体の許可を受けた長門有希が、朝倉涼子の有機情報連結を解除するというアクシデントもあったが、プロジェクトは概ね目的を達成しつつあった。 しかし、意外な形でわたし達は接点を持った。それが今回の遭遇。これは情報統合思念体にとっても想定外の出来事だった。 情報生命体である情報統合思念体にとっては、『同期』のように未来の出来事を知ることはたやすいはずだが、それでもこの現象は『想定外』だった。その理由は、一端末に過ぎないわたしにはよく分からない。 もしかしたら、情報統合思念体もわたしと同じように、あえて未来と同期しないようにしているのかもしれない。情報統合思念体も、未来に起こる出来事をあらかじめ知りたくはない、と思うことがあるのだろうか。 ←Report.10|目次|Report.12→
https://w.atwiki.jp/reportdesigner/pages/54.html
#blognavi 大変遅くなりましたが、Report Designerの最新モジュールのダウンロード用サイトを用意させていただきました。 下記サイトより、保守ユーザ様に別途お知らせするダウンロード用ID/パスワードでログイン下さい。 ■ダウンロードサイトのURL http //61.214.131.16/download/ ※ご注意 本サポートサイト(www29.atwiki.jp/reportdesigner)のID/パスワードとは異なりますのでご注意ください。 カテゴリ [お知らせ] - trackback- 2010年08月31日 20 49 31 名前 コメント #blognavi
https://w.atwiki.jp/wrtb/pages/11946.html
The Jungle Book 原題:The Jungle Book 発売:2003年2月11日 機種:ゲームボーイアドバンス* 概要 映画『ジャングル・ブック』(1967年)をモチーフにしたロールプレイングゲーム。バトルはお手本と同じように盤面を揃えるパズルゲームとなっている。各ステージの最後には特有のミニゲームがある。ストーリー部分では原作映画のアニメーションも一部流用されている。 『ジャングル・ブック2』(2003年)の公開に合わせて発売された。 1994年に発売された、『ジャングル・ブック』をモチーフにしたアクションゲームについては『ジャングルブック』の項を参照。 キャラクター モーグリ バギーラ バルー ベビー・エレファント シア・カーン ラマ カー ハティ大佐 フランキー キング・ルーイ ディジィ ジィギィ バジィ フラップス シャンティ(スクリーンショット) ステージ THE JUNGLE THE SAVANNAH THE RIVER THE TEMPLE THE SWAMP SHERE KHAN S LAIR 用語集 ロケーション インド*ジャングル 古代遺跡 人間の村
https://w.atwiki.jp/reportdesigner/pages/50.html
#blognavi Report Designerでは、ODBC、JDBCでつながるRDBは全てアクセス可能です。AS400の論理ファイルには対応していませんが、それ以外には制約事項ありません。 インデックスキー → OK SQLのビュー → OK SQLの関数 → OK SQLのプロシーザー → OK OracleのPLSQL → OK OracleERP → OK SAPのRFC Function → OK AS400の論理ファイル → 未対応 カテゴリ [DB関係] - trackback- 2010年06月15日 11 12 44 名前 コメント #blognavi
https://w.atwiki.jp/kdpfrontier/pages/932.html
ciribiribin book ほしのこ【登録タグ C 本 泉井小太郎 絵本 音座マリカ】 ciribiribin book 星の子 著者:音座マリカ 著者:泉井小太郎 本紹介 サンプル コメント 名前 コメント
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1217.html
Report.14 長門有希の憂鬱 その3 ~涼宮ハルヒの追想~ 活動後の部室。ハルヒは独り佇んでいた。他の団員達は先に帰した。夕日に照らされ、オレンジ色に染まった部室。あの日と同じ風景。思い出す、あの日の出来事。 本棚に歩み寄る。ここは本来文芸部室。だから、本棚の蔵書数は北高の全部室中随一だろう。蔵書には、SFのハードカバーが目立つ。その多数の厚い本を読む人物は、今はこの部室にいない。 あの日起こった、不幸な心のすれ違い。ハルヒは忘れられない。自分が突き飛ばしたせいで、負傷して血を流す彼女の姿を。そして、その彼女を置き去りにして、逃げるようにその場を立ち去った自分の行動を。 彼女はいつも通りの無表情だった。自分はどんな顔をしていたのだろうか。 ハルヒは、自らの行動を悔いていた。そして、だからこそ、彼女に合わせる顔がないと思っていた。だから、翌日彼女が事情により学校に来ていないと聞いて、少し安堵した。時間が稼げたから。 しかしそれは間違いだった。時間が経つほど、考える時間が増えるほど、自らの行動が重くのしかかる。ますます彼女に会いにくくなる。考えれば考えるほど、会い辛い。 最近、部室での会話で、彼女について触れられることが多くなっていた。いくらハルヒが話題を変えても、いつの間にか話題は彼女のことに移っていた。特に、昨日の朝比奈みくるの発言は、決定的だった。 「はい、涼宮さん、お茶です。はい、長門さん……っと、長門さんはおらへんかった……うっかり用意してしもた~」 【はい、涼宮さん、お茶です。はい、長門さん……っと、長門さんはいないんだった……うっかり用意しちゃった~】 お茶を出し終えると、みくるはぽつりとハルヒに言った。 「あたし、みんなにお茶を淹れてるから分かるんですけど、一人おらへんだけで、すごく違和感ありますね……」 【あたし、みんなにお茶を淹れてるから分かるんですけど、一人いないだけで、すごく違和感ありますね……】 ハルヒは、自分の眉がつり上がるのを自覚した。 「なぁに、みくるちゃん? 何が言いたいん?」 【なぁに、みくるちゃん? 何が言いたいの?】 「ひっ!? い、いえ、ただ、寂しいなーって……」 それきり、ハルヒは黙りこくったので、みくるも自分の席に着いて、編み物を始めた。 窓辺の指定席は、今は無人。パイプ椅子は、畳んで立て掛けられている。いるべき人がいない風景。それはとても違和感がある風景だった。 ハルヒは知らない。ハルヒの力のせいで彼女が消滅したことを。彼女を取り戻すために、彼らが様々な工作を行っていることを。 彼らの工作は、じわじわとハルヒに効き始めていた。 「わたし達の工作は、どうやら効果を示しているようですね。」 喜緑江美里が口を開いた。 空間封鎖された生徒会室。ここは今、『長門有希消失緊急対策本部』となっている。 「僕らは部室での会話で、それとなく、しかし確実に、長門さんの話題に触れ続けとります。」 【僕らは部室での会話で、それとなく、しかし確実に、長門さんの話題に触れ続けています。】 古泉一樹が言った。彼は部室の会話で、長門有希の話題に誘導する役を務めている。 「俺は、どうも長門についてはハルヒにマークされてるみたいやから、あからさまにはできひんけど、みんなの話題には参加するようにしとぉ。あとは、そうやな……」 【俺は、どうも長門についてはハルヒにマークされてるみたいだから、あからさまにはできないけど、みんなの話題には参加するようにしてる。あとは、そうだな……】 「あんさんは、無意識に長門さんを視線で探してますから、それで十分でっせ。」 【あなたは、無意識に長門さんを視線で探していますから、それで十分ですよ。】 「……俺は、そんなつもりはないんやけどな。」 【……俺は、そんなつもりはないんだがな。】 キョンは一樹を睨む。 「おっと、これはこれは。その反応だけで十分ですわな、状況証拠は。」 【おっと、これはこれは。その反応だけで十分ですね、状況証拠は。】 一樹はいつもの如才ないスマイルで応じた。 「あたしは、昨日ちょっと積極的に頑張ってみました!」 「朝比奈さん、あれはGood Jobでしたよ。」 みくるの行動を賞賛するキョン。 「ええ、まったく。昨日のあなたの言動は、相当効いたようです。MVPは間違いなくあなたですね。」 江美里も同意する。 「昨日のあなたの言動がきっかけになって、今、涼宮さんは『寂しい』という状態になっています。」 それがどんな感情なのか、わたしは実感できないんですけどね、と江美里は付け加える。 「もう一押し……ってわけね。」 朝倉涼子は思案顔で呟く。 「今日早めに活動を切り上げた涼宮さんは、今は部室で独り、物思いに耽っています。」 江美里は、涼子に向かって言った。 「さて。お膳立ては整いました。あとは長門さんの代理……あなたの仕事ですね。」 「そう……やね。そろそろ……行けるかな?」 【そう……よね。そろそろ……行けるかな?】 「『機は熟した』と思いますわ。『鉄は熱いうちに打て』っちゅう言葉もありまっせ。」 【『機は熟した』と思いますね。『鉄は熱いうちに打て』という言葉もありますよ。】 一樹も賛同する。 「うん、そうやね。ほな、ちょっと行ってくるわ。」 【うん、そうよね。じゃあ、ちょっと行ってくるわ。】 涼子は、部室へと向かった。 部室の本棚の本を手に取るハルヒ。そのまま窓辺に行くと、立て掛けてあるパイプ椅子を広げて座った。あの日から学校に来なくなってしまった彼女のように、無言で窓辺に座るハルヒ。そうすることで、彼女を追想するように。 思い出す、彼女と過ごした日々。 最初は、まるで部室の付属物のように存在感のない娘だった。 それが、共に過ごすうち、だんだん彼女を見る目が変わっていく。彼女は万能だった。何でもそつなくこなせた。 決定的だったのは、一年生時の文化祭。 メンバーの病気や怪我で出演ができなくなった、先輩女子のバンド。見かねたハルヒは、彼女を誘って急遽メンバー入りし、舞台に立った。そこで彼女は、驚くべきギターの腕前を披露した。ハルヒの歌声とともに、彼女の情熱的なギタープレイは、その場にいた誰もを魅了した。それは、他ならぬ、共に舞台に立ったハルヒ達も同様に。 体育祭では、ハルヒに負けず劣らずの素晴らしい身体能力を見せつけた。特にアンカーを務めたクラス対抗リレーでは、最下位でバトンを受け取ると、表情を変えずに見る見る走者を追い抜き、ハルヒがアンカーを務める1年5組に次ぐ、二位にまで持ち込んだ。無表情ながら鉢巻きをたなびかせて疾走し、見る見る順位を上げていく小柄な体操服姿に、彼女の隠れファンが急増した。 バレンタインデーの時は、料理の腕前も見事だった。徹夜で賑やかにチョコレートケーキを作る、ハルヒとみくる。彼女はそんな二人を静かに、そしてこれ以上ないほど的確にサポートした。何と彼女は、温度計もなしに、チョコレートのテンパリング(温度調節)をやってのけた。さらには、まかない料理も作ってくれた。チョコレートケーキ製作中は、匂いが移ったり味が分からなくなったりしないよう、薄味の惣菜と、ほかほかご飯に吸い物。プレゼントを山に埋めて帰ってきたら、胃腸に負担を掛けずに冷えた身体を温める、手作り出汁の香り高いうどん。 阪中家での『陽猫病』事件では、その博識ぶりで、見事に事件を解決した。いつも大量に本を読んでいるが、それが実際に役に立つのだから大したものだとハルヒは思った。彼女は阪中家の恩人として盛大な歓待を受け、ハルヒはそれを我がことのように喜んだ。 共に過ごした一年の間に、ハルヒは彼女を『SOS団随一の万能選手』と捉えるようになっていた。 そんな二人の関係に転機が訪れる。先日の、ハルヒの捕り物劇に端を発する、一連の騒動。 ハルヒは精神的に追い詰められていた。そんなハルヒを救ったのが、彼女だった。彼女は、ハルヒの行動の意図を理解し、危険を冒してハルヒに会いに来てくれた。苦しさに押し潰されそうだったハルヒの慟哭を受け止め、優しくそばに寄り添ってくれた。 一緒に帰るために『男装』を提案するなど、意外な一面も見せてくれた。彼女の部屋に招待し、泊まって行くことを勧めるなど、積極的な面も持っていた。そしてその夜、二人は結ばれた。性別の垣根を越えて、肉体的にも精神的にも、二人は繋がった。 次の日には、彼女を通じて彼女の友人に問題を解決してもらった。彼女の人脈には驚かされた。その日はそのままデートにも行った。朝の目覚めの時と同様、彼女の素顔、生の言動に心を揺さぶられた。 彼女と朝倉涼子のそっくりさんに遭遇したこともあった。 その時は彼女も一緒にいた。彼女のそっくりさんは、彼女とは性格が全く違っていた。声も違っていた。しかし、実は彼女もそっくりさんも、お互いの声を真似ることができた。彼女がそっくりさんの声を、いつもの無表情で真似したときは、正直、絶句した。あまりにもシュールでユニークだったから。 彼女との思い出は、どれも大切な、掛け替えのないもの。記憶の中の彼女は、大半が無口で無表情だったが、それでも輝いていた。 そして、つい先日の、あの出来事。 彼女に、自分の恥ずかしい物を目撃されてしまった事件。ハルヒは激しく動揺し、とんでもないことをしでかした。しかし、そのことで実感したこともあった。ハルヒは彼女を…… ハルヒは、知らず、涙を流していた。自分の中で、こんなにも彼女の存在が大きくなっていたのか。 「会いたい……会いたいよぅ……何で、あんなことになってしもたん……有希……早(はよ)……会いたい……謝りたい……何で、謝らしてもくれへんの……? 何で、何で……」 【会いたい……会いたいよぅ……何で、あんなことになってしまったの……有希……早く……会いたい……謝りたい……何で、謝らしてもくれなにの……? 何で、何で……】 言葉にならない思い。言語化できなかった分は、涙と嗚咽になって溢れ出す。 「ゆ、ゆき、有希……有希ぃ――――! うわあああぁぁぁ……!!」 以前にも声を上げて泣いたことがある。その時は彼女が、優しくハルヒの頭を抱いて、ハルヒの慟哭を受け止めてくれた。 でも今は――誰もいない。 「悩み事?」 その時、声が掛けられた。 「うっ、ぐすっ……朝倉?」 涙を拭いながら、部室の入り口を見るハルヒ。 「何よ、人が泣いてんのが、そんなにおかしい? 悪趣味やな。用がないんやったら放(ほ)っといてくれる?」 【何よ、人が泣いてんのが、そんなにおかしい? 悪趣味ね。用がないんだったら放(ほ)っといてくれる?】 涼子は、部室に入ると、扉を閉めた。 「ご挨拶やなあ。わたしは、女の子が泣いてるのが放(ほ)っとかれへんかっただけ。」 【ご挨拶だなあ。わたしは、女の子が泣いてるのが放(ほ)っとけなかっただけ。】 ゆっくりとハルヒに近付く涼子。 「何? 慰めの言葉やったら、要らへんで。」 【何? 慰めの言葉だったら、要らないわ。】 涼子を睨み付けるハルヒ。しかし涙に濡れたその目は真っ赤に充血しているので、迫力に欠ける。 「慰め違(ちゃ)うけど、何て言うのかな……うん、独り言!」 【慰めじゃないけど、何て言うのかな……うん、独り言!】 涼子は微笑を湛えたままで言う。 「そこまで涼宮さんに思われる長門さんも幸せやね。」 【そこまで涼宮さんに思われる長門さんも幸せよね。】 「…………」 「……大丈夫。あなたが願えば、きっとすぐに会える。」 「……根拠は?」 「な~んにも。」 ハルヒは大きく溜め息をついた。 「何よ、それ……」 「言(ゆ)うたやん? 独り言って。」 【言ったじゃない? 独り言って。】 涼子は、指を組みながら言った。 「でも、わたしは、『信じる』ことって、結構重要やと思うな。成功のイメージを信じて行動すれば、上手くいく時があると思わへん? 逆に、悪い方にばっかり考えが行く時って、何やっても上手くいかへん時もあるし。悪い方に考えて気持ちが沈んで、結局上手くいかへんのと、良い方に考えて気持ちが盛り上がって、結局上手くいくのとやったら、わたしやったら、上手くいく方を選ぶな。」 【でも、わたしは、『信じる』ことって、結構重要だと思うな。成功のイメージを信じて行動すれば、上手くいく時があると思わない? 逆に、悪い方にばっかり考えが行く時って、何やっても上手くいかない時もあるし。悪い方に考えて気持ちが沈んで、結局上手くいかないのと、良い方に考えて気持ちが盛り上がって、結局上手くいくのとだったら、わたしだったら、上手くいく方を選ぶな。】 「『信じる』……」 「長門さんとまた会えることを信じればええん違(ちゃ)うかな。きっと長門さんも、涼宮さんに会いたがってると思うわ。」 【長門さんとまた会えることを信じれば良いんじゃないかな。きっと長門さんも、涼宮さんに会いたがってると思うわ。】 涼子は言葉巧みにハルヒを誘導していく。涼子は優秀だった。 「結局、朝倉は、どうするつもりなんやろな?」 【結局、朝倉は、どうするつもりなんだろうな?】 キョンが口を開いた。緊急対策本部では会議が続いていた。 「人間の『感情』というものは、わたしにはよく分からないので、何とも言えませんが。」 江美里は答えた。 「その、朝倉さんって、喜緑さんや長門さんと同じ、その……『端末』、なんですよね。」 みくるは言った。 「ということは、こんな言い方は失礼やと思うんですけど……みんな、人間の『感情』はよう分からへんのですよね?」 【ということは、こんな言い方は失礼だと思うんですけど……みんな、人間の『感情』はよく分からないんですよね?】 「その質問の答えは、」 江美里が答える。みくるが息を呑む。 「禁則事項です。」 盛大に椅子からずり落ちるみくる。 「というのは冗談ですが、基本的にそう考えていただいて差し支えありません。」 (TFEI端末って、実は意外と冗談好きなんか……!?) 《TFEI端末って、実は意外と冗談好きなのか……!?》 と、キョンは思った。 「ただし、例外もあります。例えば長門さんについては、キョンくんはよくご存知ですよね?」 「え? あ、ああ……長門は、顔には出さへんけど表情に表れへんだけで、無感情なんやなくて実はかなり感情豊かです。長く一緒におったら、だんだん分かるようになってきました。」 【え? あ、ああ……長門は、顔には出さないけど表情に表れないだけで、無感情なんじゃなくて実はかなり感情豊かです。長く一緒にいたら、だんだん分かるようになってきました。】 そうですね、と江美里は続ける。 「そして長門さんは、様々な体験をして、暴走したこともありました。そう、あの冬の世界改変事件です。と言っても、お二人さんには、実感はないでしょうけれど。」 江美里はSOS団員達を見回して続ける。 「暴走の原因は、現在も検証中なのではっきりとしたことは言えませんが、長門さんに、人間で言うところの『感情』に相当するものが発生したのが一因ではないか、というのが大勢の見解です。」 「ははあ。すると、あれでっか。長門さんは、感情が生まれ、育っていったものの、本質的には理解でけへんもんやから、だんだんとその感情を『持て余した』っちゅうわけでっか。」 【ははあ。すると、こういうことですか。長門さんは、感情が生まれ、育っていったものの、本質的には理解でないものだから、だんだんとその感情を『持て余した』、と。】 一樹がしたり顔で解説する。 「『感情』がどのようなもので、それがどのように作用したかについては見解が分かれていますが、とにかく、『感情』のようなものが関係しているのではないか、という点では概ね一致しています。」 江美里は、これは私見ですが、と前置きして続けた。 「同様に、朝倉涼子が独断専行し、キョンくんを殺害しようとした件も、やはり『感情』が何か関係しているのではないかと、わたしは考えています。」 「そういえば、朝倉はあの時、何も変化せぇへん観察対象に飽き飽きしてるって言(ゆ)うてたな……」 【そういえば、朝倉はあの時、何も変化しない観察対象に飽き飽きしてるって言ってたな……】 キョンは、当時を思い出しながら言った。朝倉涼子本人の謝罪を受けたことで、多少は『彼』の精神的外傷も緩和されたものと思われる。少なくとも、冷静に当時を振り返ることができるくらいには回復していた。 「本来わたし達は、『飽きる』ということはありません。そのようには作られていないのです。飽きてしまうようでは、観測ができませんからね。でも、朝倉涼子は、観測に飽きた。そして、独断であのような凶行に及んだ。暴走としか言いようがありません。『未熟な感情の暴走』。これが、二人が起こした事件を定義する言葉ではないかと考えています。」 「えっと、それじゃ……今の朝倉さんは、未熟ながらも感情を持っている、ってことですか?」 みくるが問う。 「それが本当に『感情』かどうかは分かりませんが、少なくともわたしよりは、朝倉涼子の方がよく人間の感情を理解して、より適した行動を取れると思います。」 「でも、それじゃ、その、また感情に流されて……」 恐る恐るみくるは問うた。江美里が答える。 「朝倉涼子は、人間で言えば二度死にました。そして二度生き返りました。『感情』を持つ『生命体』が、『臨死』又は『転生』を経験した。それが思考や行動に大きな影響を与えるだろうことは、想像に難くありません。これまでの彼女の言動から推察するに、もう以前のように暴走する可能性はないと言えるでしょう。」 「随分、朝倉を信用してるんですね。」 キョンの問い掛けに、江美里はやや思案するような表情で答えた。 「信用……ですか。」 江美里は窓があると思しき辺りに視線を巡らせながら言った。 「我々端末同士の関係は、人間のそれとは少し違いますが、そうですね。人間の関係に例えて言うなら、確かに『信用』という言葉が近いかもしれません。」 江美里はキョンに視線を戻して続けた。 「キョンくん。あなたは、長門さんを『信用』していますか?」 「もちろんです。全幅の信頼を寄せてると断言できます。はっきり言って、俺は自分よりも長門の方を信用してるかもしれません。」 キョンは即答した。 「それなら、今の朝倉さんも信用してもらえませんか? もちろん、そう簡単には考え方を変えられるものではないということは、情報としては知っています。でも……」 江美里は、ふっ、と表情を緩ませて言った。 「何と言っても、今の朝倉さんは、その長門さんのバックアップ、代理なんです。彼女が長門さんの代わりを務められるのは、単に能力が同程度だからというだけではなくて、あなた達と関係が深くて、かつ、あなた達の行動を同程度には理解しているからなんですよ。今の彼女は……長門さんそのものだと思ってもらって差し支えありません。もちろん、元々の性格付けの設定が違うので、例えば無言で本を読んでいる朝倉さん、という姿を見ることはないでしょうが、『涼宮ハルヒとその周囲の観測及び保全』という任務に関しては、長門さんと全く同じ行動原理に制御されています。」 「せやから、彼女を信用せぇ、っちゅうことを言いたいわけでっか。」 【だから、彼女を信用しろ、と仰りたいわけですか。】 一樹が口を挟む。 「信用しろ、とはおこがましくて、とても言えません。わたしに言えるのは……」 ここで江美里は立ち上がった。 「どうか、彼女を、朝倉涼子を信じてやってください。お願いします。」 こう言って江美里は、深く頭を下げた。 「えっ、わっ、わっ、そ、そんな、頭を上げてください! あ、あたしが変なこと言(ゆ)うてしもたから……」 【えっ、わっ、わっ、そ、そんな、頭を上げてください! あ、あたしが変なこと言っちゃったから……】 みくるが慌てて立ち上がり、江美里に声を掛ける。 「……朝倉は、長門が元に戻れば自分が用無しになるって分かってて、それでも長門のために動くって言いました。」 キョンは江美里をしっかりと見つめていた。 「俺らを守るって言(ゆ)うた長門の言葉を信じるように、俺は朝倉の言葉も信じようと思います。」 【俺らを守るって言った長門の言葉を信じるように、俺は朝倉の言葉も信じようと思います。】 「……ありがとうございます。」 江美里は、柔らかい表情で謝辞を述べた。 彼らが様々な工作を行う一方で、彼らの意思とは関係ない部分でも世界は動いていた。長門有希が消失したことで、涼宮ハルヒの周辺を取り巻く勢力の版図が変化していた。 その中の一つ、情報統合思念体の内部でも、大きな変動が起きていた。かつてキョンを殺害しようとした急進派からは、更に先鋭化した『過激派』が派生していた。 過激派とは、観測対象である涼宮ハルヒ自身に直接刺激を与え、その反応を観測しようとする集団。早い話が、涼宮ハルヒに危害を加えようとする一派のこと。急進派は、その勢力を大きく減じていた。 攻撃か、静観か。派閥内の者には、二者択一が迫られた。朝倉涼子は、長門有希のバックアップを務める事で、自動的に主流派に取り込まれることとなった。 かつての同志が敵となり、かつての仇敵が友軍となる。情報統合思念体の内部は、今や群雄割拠の相を呈していた。 そんな過激派の一部が、長門有希不在を好機と見て、涼宮ハルヒへの攻撃を企図していた。 情報統合思念体内部の意思は不統一。彼らの行動を止める者は誰もいなかった。 彼らの手が涼宮ハルヒ達に近付いていた。 『その時』が迫っていた。 ←Report.13|目次|Report.15→
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2705.html
Report.21 長門有希の憂鬱 その10 ~涼宮ハルヒの恋人~ わたしは大切なものを二つ失った。 一つは、涼宮ハルヒの感情。もう一つは、朝倉涼子の存在。 ハルヒはわたしを『団員』として扱い、涼子はもはやこの地上に存在しない。 本当はこの状態こそが正常で、今までが異常。すべてが元通りになったと言える。 それなのにわたしは、そうとは割り切れないでいる。失ったと感じている。 そのような事を考えてしまうわたしは……端末失格なのだろうか。 この件は、ハルヒ以外の彼らには伝えてある。 わたしはこの、文芸部室であって、同時にSOS団の活動拠点ともなっている旧校舎の一室で本を読む。やがて朝比奈みくるが入室してメイド服に着替え、お茶を振舞う。古泉一樹がやってきて各種ゲームを準備する。『彼』が入室して定位置に座り、ハルヒが勢いよく扉を開いて入室し、団長席に座る。 ハルヒはパソコンで何かの情報を検索し、みくるはお茶の淹れ方の研究に余念がなく、一樹と『彼』は各種ゲームで遊び、『彼』の一方的な勝利が繰り返される。わたしが本を閉じる音を合図に、部活は終了する。皆が帰り支度を始める。 以前と変わらない日常が続いてゆく。世は並べて事もなし。 でも、わたしにとっては…… 夜、一人きりの部屋。思い出す、『彼女』と過ごした日々。わたしは自分を『持て余す』ようになった。 わたしにとって、夜はとても寂しく辛いものとなった。会いたい……会いたい……『彼女』に、会いたい。 今日もまた、長い夜を迎えた。『寂しさ』という名のエラーが蓄積してゆく。 今のわたしにとって、たった一つの『救い』は朝比奈みくるの存在。今のわたしは、彼女に支えられて、やっと立っている状態。 『涼宮ハルヒを支えたい』と願ったわたしが、朝比奈みくるに支えられてようやく立っている。そのような不安定な存在で、どうして他者を支えることができるというのか。笑止。所詮わたしは、どこまで行っても対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス。情報統合思念体の一端末でしかない。いくら自律行動の範囲が広がっても、最終的には情報統合思念体の意向に従うしかない。逆らえば、死あるのみ。 ……『死』? 死ってなに? 死とは、有機生命体における、生命活動の停止。わたしの存在はなに? 有機生命体? ……分からない。 以前とは異なる部分もある。これはごく一部にしか知られていないこと。 部活も終わり、着替えをするみくるを残して、皆は帰途につく。 「…………」 しかし、わたしは残って、みくるを見つめる。 「長門さん……『アレ』、ですか?」 こくん、とわたしは頷く。 「ちなみに、どの服が良いですか?」 「……理学療法士。」 「またマニアックな服を選びますね……」 苦笑しながらも、彼女は着替えてくれる。彼女が着替え終わると、わたしは彼女に近付く。 「……あなたには迷惑を掛ける。申し訳ないと思っている。でも、自分ではどうしようもなくなってしまった。」 彼女が優しくわたしの頭を抱きかかえてくれる。柔らかい。そして、温かい。 「辛さを一人で溜め込まないで? ね、有希ちゃん。」 わたしは彼女の胸で声を上げて泣き出す。もう何度も、彼女にはこうしてもらっている。情けなく思うものの、どうにもできない。わたしは彼女にしがみ付きながら号泣する。 涼宮ハルヒは、わたしを愛している。愛してしまった。 わたしは、涼宮ハルヒを愛している。愛してしまった。 しかしわたしは、その想いを表すことはできない。表してはならない。だから彼女に情報操作を行った。彼女のわたしに対する想いから、性愛の要素を取り除いた。除去しきれたかどうかは、自信がない。 操作を行ったのは、情報統合思念体に許可を得たわたし。発案はわたしがした。彼女に愛していると言われた時、わたしはとても嬉しかった。幸せだった。だからこそ、こうしなければならないと思った。それは許されないことだったから。 それでも、わたしは彼女を愛している。そして彼女は、そんなわたしの気持ちを知らない。だから普通にわたしに接してくる。その度にわたしは、彼女と過ごした日々を思い出し、辛くなる。それは夜一人になるとますます激しくなる。正に……致命的なエラー。 こんなことなら、わたしのこの想いも消去すればよかった。しかし、その許可は下りなかった。 苦しい。これがわたしへの『処分』なのだろうか。 わたしの『罪』は、観測対象である涼宮ハルヒを愛してしまったこと。わたしへの『刑』の執行は、永遠に続くように思われた。 とある放課後の部室。わたしはいつものように本を読んでいた。人が近付く気配がすると、扉が開き、涼宮ハルヒが入ってきた。 おかしい。 元に戻った彼女は、再び扉を爆音を立てながら勢いよく開くようになっていた。しかし、今彼女は、静かに扉を開き、静かに入室し、静かに扉を閉め、静かに施錠した。 「有希だけやね……」 【有希だけね……】 彼女はそう呟くと、鞄を置き、静かにわたしの所へ歩いてきた。 「有希。」 彼女が後ろから抱きついてきた。耳元で囁かれる。 「大好き。」 ゾクゾクっと背筋に何かが走る。 「こんな大事なこと、何で忘れてたんやろ。」 【こんな大事なこと、何で忘れてたんだろ。】 彼女の吐息がわたしの耳に掛かる。悩ましい。 「その感情は精神病の一種。治し方はわたしが知っている。」 「病気でも構(かま)へんわ。」 【病気でも構わないわ。】 彼女はわたしの前に回り込むと、真剣な顔で言った。 「聞いてくれる? あたしの話。」 そして彼女は語り始めた。 「最近、毎日のように、変な夢見るようになったんよ。笑(わろ)てしまうくらい、めっちゃ変な夢。」 【最近、毎日のように、変な夢を見るようになったのよ。笑ってしまうくらい、すっごく変な夢。】 奇妙で不思議な……わたしにとっては極めて写実的な夢の話を。 「最初は、変な空間やったかな。床や壁っぽいのは灰色で、天井っぽいのが極彩色でうねうね動いてて気持ち悪かった。それで突然朝倉が現れて、『ようこそ、涼宮さん。ここはわたしの情報制御下にある。』とかって、意味不明なことを言(ゆ)うて。」 【最初は、変な空間だったかな。床や壁っぽいのは灰色で、天井っぽいのが極彩色でうねうね動いてて気持ち悪かった。それで突然朝倉が現れて、『ようこそ、涼宮さん。ここはわたしの情報制御下にある。』とかって、意味不明なことを言って。】 明らかに情報封鎖空間の光景。 「そう思(おも)たら、おもむろにごっついナイフを取り出すねん。で、あたしに向けてナイフを構えるんよ。朝倉はあたしの呼びかけを完全に無視すると、一直線にあたしを刺してきたわ。あたしは紙一重で、何とか朝倉の攻撃をかわした。あたしは叫びながら、あたしを掠めていった朝倉に向き直った。そしたら、どないなってたと思う? 朝倉のナイフが、何もない空間に突き刺さってたんやで? それでナイフが突き刺さってる辺りを中心に、黒い人型の靄のようなものが現れた。朝倉は、ナイフをその黒い人型の靄に突き刺したまま、靄を払うように振り抜いた。一刀両断された靄が空気に溶けていった。そこで終わり。」 【そう思ったら、おもむろにごっついナイフを取り出すの。で、あたしに向けてナイフを構えるのよ。朝倉はあたしの呼びかけを完全に無視すると、一直線にあたしを刺してきたわ。あたしは紙一重で、何とか朝倉の攻撃をかわした。あたしは叫びながら、あたしを掠めていった朝倉に向き直った。そうしたら、どうなってたと思う? 朝倉のナイフが、何もない空間に突き刺さってたのよ? それでナイフが突き刺さってる辺りを中心に、黒い人型の靄のようなものが現れた。朝倉は、ナイフをその黒い人型の靄に突き刺したまま、靄を払うように振り抜いた。一刀両断された靄が空気に溶けていった。そこで終わり。】 不可解。夢とは得てしてそのようなもの。しかし、部分的にあまりにも写実的。 「その次もやっぱり朝倉が出てくるんやけど、これがまた、前にも増して変な夢で。」 【その次もやっぱり朝倉が出てくるんだけど、これがまた、前にも増して変な夢で。】 彼女は続けた。 「あまりにも荒唐無稽すぎて、ありえへん光景やったわ。鉄筋を持った朝倉と、ストッキングを被った変態超能力者が対決してるっていう夢やった。もうな、アホかと。バカかと。あまりのアホさ加減に、いい加減付き合いきれへんようになって、あたしはずっと、朝倉の、その……パンチラで目の保養しとったんやけど。」 【あまりにも荒唐無稽すぎて、ありえない光景だったわ。鉄筋を持った朝倉と、ストッキングを被った変態超能力者が対決してるっていう夢だった。もうね、アホかと。バカかと。あまりのアホさ加減に、いい加減付き合いきれなくなって、あたしはずっと、朝倉の、その……パンチラで目の保養してたんだけど。】 これは紛れもなく、先日の戦闘。 「ちなみに縞パンやった。」 【ちなみに縞パンだった。】 こんなところまで同じ。 「で、その後がすごいんやけど。有希、あんたまで出てきてんで。」 【で、その後がすごいんだけど。有希、あんたまで出てきたのよ。】 その部分のログは、わたしの中にはない。……怒りで我を忘れていたから。 「もう、ものすごいとしか言いようがなかった。有希がヌンチャク、朝倉が薙刀を振るって大立ち回り。その変態超能力者を無表情でしばき倒してるあんた、かなり怖かったけど……めちゃめちゃかっこ良かった。有り体に言えば……惚れたわ。」 【もう、ものすごいとしか言いようがなかった。有希がヌンチャク、朝倉が薙刀を振るって大立ち回り。その変態超能力者を無表情でしばき倒してるあんた、かなり怖かったけど……めちゃかっこ良かった。有り体に言えば……惚れたわ。】 そこまで派手に暴れていたのか、わたしは。信じられない。 「最後のは、もう、呆れて物も言えへんっていうか。朝倉や、えっと喜緑さん? あの生徒会役員の。それから団員達。みんなが見てる前で、あたしは、あんたと……」 【最後のは、もう、呆れて物も言えないっていうか。朝倉や、えっと喜緑さん? あの生徒会役員の。それから団員達。みんなが見てる前で、あたしは、あんたと……】 彼女はここで顔を真っ赤にした。 「……あんたに、その……告白、して、それで……うう……キ、キスを……」 彼女は両手で顔を覆ってしまった。相当恥ずかしいらしい。 「う~、言(ゆ)うてもうたぁ~! は、恥ずかしい~」 【う~、言っちゃったぁ~! は、恥ずかしい~】 と言いながら、首を左右に振っている。耳まで真っ赤になっている。 一頻り悶えた後、彼女はようやく落ち着きを取り戻した。 「最初は単に、変な夢やなと思(おも)てたんやけど、毎日繰り返し見るようになって、さすがに『これは何かあるかも?』って感じるようになったわ。」 【最初は単に、変な夢だなと思ってたんだけど、毎日繰り返し見るようになって、さすがに『これは何かあるかも?』って感じるようになったわ。】 彼女の話によれば、その奇妙な夢は、前記の三パターンが繰り返されていたとのこと。しかも、回を重ねるごとに、だんだん夢の情景の細部が明瞭になってきたという。やがて彼女は、これは夢の情景ではなく、何か実際に自分が体験した場面なのではないかと思うようになっていた。 そしてついに、彼女はすべてを思い出した。 「昨日、何の気なしに部屋を片付けてて、ふと、『何(なん)かない』って気ぃ付いてん。具体的に何が無くなったんかは分からへんかったけど、それでも、何か『大事なもの』を無くしたことだけは分かった。上手く言葉では説明できひんけど、とにかく『何(なん)かない』っていう思いだけが引っ掛かって。それで部屋中あちこち探したんやけど、そもそも何を無くしたんかが分からへんのやから、探し様がないやん? 当たり前の話やけど。見付かる当てどころか、何を探したらええのかも分からへんまま、何の手掛かりもないまま、ひたすら部屋中を隈なく探し回って、一時間くらいやったかな? 机の引き出しの奥から、鍵付きの日記帳を見付けてん。自分では書いた覚えないのに、一目見てそれはあたしのやって分かったわ。見付けた時に、鍵の場所も分かったし。で、開いてみたら、間違いなくあたしの字やった。なぜか初めて読む気がせえへんかったな。それで、読み進めていって、思い出したわ。あたしがどんな気持ちやったんか。有希のことどう思(おも)てたか。」 【昨日、何の気なしに部屋を片付けてて、ふと、『何かがない』って気が付いたの。具体的に何が無くなったのかは分からなかったけど、それでも、何か『大事なもの』を無くしたことだけは分かった。上手く言葉では説明できないけど、とにかく『何かがない』っていう思いだけが引っ掛かって。それで部屋中あちこち探したんだけど、そもそも何を無くしたのかが分からないんだから、探し様がないじゃない? 当たり前の話だけど。見付かる当てどころか、何を探したら良いのかも分からないまま、何の手掛かりもないまま、ひたすら部屋中を隈なく探し回って、一時間くらいだったかな? 机の引き出しの奥から、鍵付きの日記帳を見付けたの。自分では書いた覚えがないのに、一目見てそれはあたしのだって分かったわ。見付けた時に、鍵の場所も分かったし。で、開いてみたら、間違いなくあたしの字だった。なぜか初めて読む気がしなかったな。それで、読み進めていって、思い出したわ。あたしがどんな気持ちだったのか。有希のことどう思ってたか。】 彼女は、置いた鞄から冊子を取り出し、わたしに手渡して言った。 「これな。すごく恥ずかしいんやけど、有希に読んでほしいねん。」 【これね。すごく恥ずかしいんだけど、有希に読んでほしいの。】 鍵が掛かる日記帳だった。最初のページには、こう書かれていた。 『涼宮ハルヒの手記』 読み進めると、彼女が日常感じた雑感等が、あの達筆だが読みやすい楷書体で綴られていた。 わたしはこの文書の存在を知らない。消失していた時も観測は継続していたというのに。やはり肉体を失ったことで、情報の伝達に齟齬が発生していたのだろうか。 「現段階の最終ページは、昨日書いたばっかりやねん。」 【現段階の最終ページは、昨日書いたばっかりよ。】 彼女の様々な想いが綴られた手記。最終ページまで読む。一番最後は……わたし宛の手紙になっていた。わたしは、最終ページを何度も何度も読み返した。 上手くやったつもりだった。実際、彼女はわたしへの想いを忘れていた。しかし、彼女は思い出した。わたしが完全に消去したと思っていたものをすべて。 彼女には敵わないと思った。わたしの行為は、無駄な努力だったのだろうか。それとも、これも既定事項なのだろうか。 それでもわたしは、どこか嬉しかった。彼女に思い出してもらえたこと。再び『大好き』と言われたこと。 結局、いくら情報を、記憶を書き換えても、人間の『心』は操作できないということなのだろうか? わたしが行う情報への介入は、彼女の能力と似ている面がある。すなわち、自らの都合の良いように、周囲を改変する能力。しかし彼女は、周囲の人間の『心』までは改変していない。いかに万能と思われる彼女でも、人間の『心』までは操ることができないのか。あるいは、彼女の『常識的な』部分が、人間の『心』を操ることを拒絶しているからなのか。 前者の可能性については、更なる観測が必要となる。現段階では情報が不足している。そして、後者の可能性。これはもしかすると、今回のわたしが行った操作に該当するかもしれない。 今わたしは、感情を操作した彼女が、わたしが操作する前の感情を取り戻したことを『喜んで』いる。このことから考えると、わたしは、人間でいうところの『心』に該当する領域のどこかで、彼女への操作を拒絶していたのかもしれない。そして、いずれは彼女が、元の感情を取り戻すこと、以前のようにわたしを『愛して』くれることを望んでいたのかもしれない。 いくらその行為を選択することが最も合理的だと分かっていても、その選択を拒絶すること。これは人間の行動にしばしば見られる現象。 彼女はわたしの膝の上に腰掛けている。わたしが彼女を膝に抱いている状態。 「有希……もう、あたしを置いてどっか行ったりせんとってや。」 【有希……もう、あたしを置いてどっか行ったりしないで。】 彼女は目を潤ませながら、訴えた。 「『彼女』とかは無理でも、ずっと、あたしの友達……『親友』でおって。な?」 【『彼女』とかは無理でも、ずっと、あたしの友達……『親友』でいて。ね?】 『親友』。 それが、それこそが、彼女が長年求めていたものなのかもしれない。 お互いに理解し合い、信頼し合い、性別が違っていれば生涯の伴侶とすることも辞さない、深い絆で結ばれた存在。そのような存在として、彼女はわたしを定義したいと望んでいる。わたしは…… 「あなたがここにいる。だからわたしもここにいる。」 わたしは彼女を抱き締め、口付けをした。これがわたしの答え。 その時、突然わたしの中に何かが閃いた。 彼女は、涼宮ハルヒは、わたしを『親友』と定義した。わたしは、自分をあえてこう定義しようと思う。 「わたしは、あなたの『ともだち』。」 「友達?」 「違う。」 わたしは首を振った。これは音声だけでは伝わらない概念。 「わたしは、涼宮ハルヒの『トモダチ』。……『恋人』と書いて『ともだち』と読む。」 彼女はキョトンとした顔をした。瞬時には意味が理解できなかったのだろう。ややあって、彼女の顔に理解の色が広がった。 ある『意味』を持つ言葉に、別の意味の『音』を当てる。『日本語』という言語の、興味深い使用方法。 同様に定義するとするならば、『彼』は『親友』、古泉一樹は『戦友』、朝比奈みくるは『盟友』だろうか。そして朝倉涼子は……『朋友』。これらはすべて『ともだち』と読む。 「嬉しいこと言(ゆ)うてくれるやないの。有希らしいっていうか。」 【嬉しいこと言ってくれるじゃないの。有希らしいっていうか。】 彼女は満足そうな表情をしていた。 「そうやね。あたしとあんたが、ただの『親友』で終わるはずないもんね。迂闊やったわ。」 【そうよね。あたしとあんたが、ただの『親友』で終わるはずないもんね。迂闊だったわ。】 そう言うと彼女は、『手記』を手に取ると、その場で何か書き込んだ。 「有希が自分のことをそう言(ゆ)うんやったら、あたしは有希をこう呼ぶわ。」 【有希が自分のことをそう言うんだったら、あたしは有希をこう呼ぶわ。】 手記には、ある一文が書き加えられていた。 「今日から有希は、あたしの『ともだち』。」 そう言うと彼女は片目を閉じた。 その日の部活は休みになり、わたしは彼女にカフェへ連れて行かれた。 「ここの丹波栗のモンブランと、黒豆のプリンは最高に美味しいんやから! あたしのおすすめ!」 【ここの丹波栗のモンブランと、黒豆のプリンは最高に美味しいんだから! あたしのおすすめ!】 カフェにて注文後しばらく経つと、彼女が薦める品が運ばれてきた。一緒に飲むのは香り高い紅茶。 「はい、有希、あーん。」 「……あーん。」 彼女が掬って差し出したモンブランをわたしが食べる。 「……じゃあ、ハルヒ……あーん。」 「あーん♪」 わたしが掬って差し出したプリンを彼女が食べる。わたし達は周囲の客や店員から、生暖かい目で見守られていた。彼女と一緒に食べるおやつは、とても甘く、とても楽しく、とても美味しかった。 「有希……大好き。」 また言われた。とても幸せそうな顔。わたしはとても嬉しい。でも。 「人前ではだめ。」 彼女はアヒルのように口を尖らせた。 「それは、女同士やから?」 【それは、女同士だから?】 わたしは首を横に振った。 「異性同性を問わず、公衆の面前でいちゃつくことは、推奨されないと認識している。」 彼女はまだ納得がいかないような顔をしていたが、わたしの次の言葉で承服した。 「それに、隠れて行う行為は、背徳感が増す。」 一瞬驚いた顔をした彼女は、にんまりと聞いてきた。 「有希……それは、『隠れてあんなことやこんなことがしたい』っていうことかな? かな?」 「言葉通り。あなたの好きにしていい。」 「うは……もー、大胆やな、この娘はー!」 【うは……もー、大胆ねえ、この娘はー!】 彼女は顔を真っ赤にしながら、ばしばしとわたしの肩を叩いた。 「何(なん)かもう、有希の言葉が甘すぎて、モンブランの味が分からへんようになったわ!」 【何(なん)かもう、有希の言葉が甘すぎて、モンブランの味が分かんなくなっちゃったわ!】 そこでの飲食の代金は、彼女が支払った。 「これがあたしの気持ち。」 彼女はわたしの手を取った。この後は一緒に買い物に出掛けるらしい。 「ほな、行こか!」 【じゃあ、行こっか!】 わたしは彼女に手を引かれ、走り出した。 繋いだその手は、とても温かかった。 ←Report.20|目次|Report.22→
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/2820.html
Report.26 長門有希の報告 観測結果に対する所見を述べる。まず、以下に挿話を示す。 未来からの監視員、朝比奈みくる。 彼女には大変世話になった。多大な迷惑も掛けた。何かお礼をしたいと思った。どうすれば良いか、様々な検討を行う。 その時、わたしの記憶領域に、彼女がお茶を淹れる姿が映し出された。それは、いつもの風景。SOS団の日常。そして、それに見合う、あるものが『連想』された。 わたしは答えを見付けた。わたしはすぐに行動を開始した。 数日後。放課後の部室で、わたしはみくるに、部活後少し残ってほしい旨を書いた栞をそっと渡した。わたしが本を閉じると、それを合図に活動が終了した。着替えるみくるを残して、他の皆は帰途についた。 皆が退室した後、みくるは言った。 「長門さん……『アレ』ですか?」 わたしは首を横に振った。 「ちがう。」 そして彼女の瞳を見つめて言った。 「あなたには大変世話になった。また、多大な迷惑も掛けた。」 彼女は手を振りながら答えた。 「迷惑やなんてそんな。あたしは長門さんを放っとかれへんかっただけですよ?」 【迷惑だなんてそんな。あたしは長門さんを放っとけなかっただけですよ?】 「わたしはあなたに『感謝』している。そして、その気持ちを表したいと思った。」 彼女は少し面食らいながら言った。 「あ、あたしは……長門さんからそんな言葉を聞けただけで十分感動ものです……」 「わたしも、人間に倣って、心ばかりのお礼をしたいと思う。」 わたしは冷蔵庫から、あらかじめ入れておいた密閉容器を取り出した。彼女にそれを渡す。 「開けてみて。」 中には、半透明のゲルに包まれた、黒っぽい物体。 「これは……葛饅頭?」 「そう。」 それは『和菓子』と呼ばれる食品。 「そうした方が気持ちが伝わると思って、情報統合思念体の支援を受けず、また情報操作を一切行わずに、個体としてのわたしの能力だけで作った。」 彼女は目を大きく見開いて驚いた。 「それってつまり……正真正銘、長門さんの手作り……」 「そう。あなたがいつも淹れてくれるお茶に合うものをと考えた。」 彼女の目が潤みだした。 「余り上手くできていないかもしれない。でも、これがわたしにできる精一杯のお礼。」 「うっ……な゛、長゛門゛ざん゛……こんな、こんなすごいお礼……あたし……めっちゃ嬉しいです……!」 【うっ……な゛、長゛門゛ざん゛……こんな、こんなすごいお礼……あたし……すっごく嬉しいです……!】 彼女は感極まって泣き出してしまった。泣くほど喜んでもらえて、わたしもうれしい。 「あなたと一緒に、あなたの淹れてくれたお茶で、わたしが作ったお菓子を食べる。作りながらそんなことを想像して、名状し難い気持ちになった。」 「長門さはぁ――――ん!!」 彼女に思いっきり抱き締められた。 「……日持ちしないので、早めに食べることを推奨する。」 「えぐ……すん……は、はいっ! それじゃ飛びっきり美味しいお茶を淹れますね!」 彼女はいそいそとお茶を入れる準備を始めた。程なくして、部室に甘い緑茶の香りが漂う。 盛り付けはよく分からない。人間の美的感覚は、まだよく分からないから。 「こういうのは気持ちです。あたしも、この時間平面上で『美しい』とされるものを再現できるかは分からへんし。」 【こういうのは気持ちです。あたしも、この時間平面上で『美しい』とされるものを再現できるかは分からないし。】 このような和菓子に分類されるお菓子は、『黒文字』という道具を使って食べるものらしいので、それも持参した。 人間の味覚についてはまだ把握し切れていないが、彼女は満足してくれた模様。幸せそうに微笑む彼女。多分、成功。 「お菓子って、ほんまに人を幸せにしますよね。ほら、長門さんも、顔が綻んどぉ。」 【お菓子って、ほんとに人を幸せにしますよね。ほら、長門さんも、顔が綻んでる。】 それは多分、幸せそうにお菓子を食べるあなたの顔を見ていたから。わたしも釣られて『幸せな気分』になったものと推測される。 わたしは、この行為を選択して良かったと思う。今度は別のお菓子にも挑戦してみたい。 そして今度は……涼宮ハルヒ達も一緒に、SOS団全員で食べたい。わたしの大好きな、『仲間達』と一緒に。 仲間外れは、寂しいから。 一人で食べるより、皆で食べた方が美味しいから。 対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイス、パーソナルネーム長門有希は今、人間の感情を一つ理解した。 この感情を、人間は『愛』と呼ぶのかもしれない。 時に、愛ゆえに、ヒトは苦しまねばならない。 時に、愛ゆえに、ヒトは悲しまねばならない。 そして、その苦しみに、その悲しみに、ヒトは迷い、ヒトは嘆く。 それは情報生命体である情報統合思念体から見れば、理解できない概念だった。そんなに悲しいのなら、そんなに苦しいのなら、『愛』など不要だとしか思えなかったから。 しかし、それは違っていた。 有機生命体であるヒトには、避けられないものがある。それは『生老病死』という言葉に代表される。 ヒトは生まれ、老いてゆく。時には病に伏すこともある。そして誰にでも平等に、死が訪れる。 その限られた時間の中で、ヒトは成長し、繁殖しようとする。また単体では無力でも、団結し、支え合い、助け合うことで、大きな力を発揮する。そしてまた、時には情報伝達の齟齬等により、対立し、破壊し合い、殺し合う事さえある。 それらの相反する要素、矛盾を内包しながら、ヒトは生きてゆく。 わたしはそこに、自律進化の一端を垣間見た。 ヒトの行動には、矛盾が多い。そしてその矛盾は、余り問題視されない。情報統合思念体には、このように矛盾が解決されないまま、清濁併せ呑んでも問題が発生しないという現象は理解し難い。 これは、次のような仕組みになっていた。 すなわち、矛盾をそのまま、とりあえず『あるがまま』に受け入れる。しかし、矛盾は何も問題を発生させないわけではないので、ヒトは苦悩する。そして、矛盾……問題の解決のために、ヒトは『創意工夫』する。 情報統合思念体の流儀なら、矛盾そのものを消去すれば良い。しかし、ヒトの場合はそうは行かない。矛盾が発生したままで、問題だけを発生させないようにしなければならないこともある。そしてその矛盾が更なる矛盾を生み、それらをそのままで、とりあえず機能だけは保つようにすることもある。 このような、情報統合思念体にとっては何の解決にもなっていないような方策でも、ヒトはそれを良しとする。問題の『真の解決』を、後の世代に託して。 これを単なる問題の『先送り』と見做す向きもあり、また、実際そうである場合もある。しかし、単なる先送りに止めず、そこに何らかの工夫の跡、付加価値を付けた場合、それは問題の『改善』として、評価される。『改善』を積み重ねていけば、いずれ問題は『解決』されるから。 そして、そのように問題の『改善』に携わることで、ヒトは大きく成長する。成長したヒトは、また別の問題に対して、更なる改善を加え、成長し、それが繰り返される。このようにして、ヒトは進化してきた。 ここで重要なことは、矛盾を取り合えず受け入れながらも、決してそれをそのままにしようとしないこと。必ず何らかの工夫をする。少しでも問題の解決に近付けようと、努力する。 その努力は、必ず成功するとは限らない。全く無意味であったり、逆効果であったりする。それでもヒトは、努力を止めようとはしない。 失敗をそのままにしたり、そこで何の考察もなく努力を放棄する者は、評価されない。しかし、失敗を糧に新たな工夫をする者、何らかの考察を加えて努力を終了する者は、その過程に対して評価される。 情報統合思念体には、このような概念がない。結果がすべてであり、またそもそも『失敗』もないので『工夫』もない。する必要がないから。そのようにして情報統合思念体は進化してきた。その歴史は、常に『成功』の歴史だった。 しかし、実はその『成功』の連続にこそ、大きな『失敗』の原因が存在していたのではないかと思われる。情報統合思念体には、『失敗』の経験がないので、当然に『工夫』し『克服』したという経験もない。それが、現在の進化の閉塞状況を打開できない原因であると思われる。 進化が行き詰ることは、『大きな失敗』。このような『大きな失敗』を『工夫』して『克服』することは、『小さな失敗』を何一つ経験してこなかった情報統合思念体にとっては、極めて荷が重い。『小さな失敗』を一つ一つ『克服』することで、再発防止を図り、もって『大きな失敗』を未然に防ぐべきだった。 ヒトには『急がば回れ』という格言がある。 『急いでいる時に危険な近道を通ろうとすると、その近道が通行不能になっていたら元の道にまた戻る必要があったり、急いでいるせいで注意力散漫になって転んで怪我をして、歩く速度が遅くなるか歩けなくなったりして、急いでいない時より余計に時間が掛かってしまうことがあるので、安全な回り道を通行することを検討する』ことを意味し、転じて、『急いでいる時ほど、遠回りに思えるような安全な方法を選択した方が、結果的に早く結果が得られる』という意味で用いられる。 これを現在の状況に適用すると、何か不具合がある度に、その都度立ち止まって問題を一つ一つ検討し、工夫する。そうすることで問題を解決に導き、将来の大問題の発生を防ぎ、また大問題が発生した時の対応能力を養うこと。それが、結果的に『大きな失敗』を防ぎ、またたとえ『大きな失敗』を犯しても、適切に対処することができるようになっていたということになる。 だが、それも結果論。今更言っても仕方がないこと。これを教訓として、今後の対策を考えなければならない。 そこで、まずは小さな失敗とその克服を経験する必要があると認められる。いきなり『進化の停滞』という大きな問題ではなくて、もっと小さな、瑣末と思えるような問題から取り組む必要がある。そこから少しずつ、段階的に大きな問題へと進むことが望ましい。小さな『改善』を積み重ね、やがて大きな問題の『解決』に至るという、ヒトと同じ道程を辿る必要がある。 ここで忘れてはならないことは、その道程において、決して自らが優れているとは考えないということ。解決できる、また解決すべき問題の規模に差こそあれ、それを改善し、解決していく行為そのものにとっては、その様な差異は問題ではない。 繰り返しになるが、その様な道程を辿り続けて、ヒトは進化してきた。つまり、ヒトは今までずっとそのようなことをしてきた。この行為においては、ヒトの方が『先輩』にあたる。対して、情報統合思念体は、その行為においては『素人』。全くの『初心者』となる。自らの能力及び扱える情報に限界があることを知り、これまでの『成功』……『昔日の栄光』に囚われることなく、事に当たらなければならない。 もしその作業に失敗するようなことがあれば……情報統合思念体は、その程度の存在でしかなかったと言わざるを得ない。そして同時に、そのような存在に作られたわたしもまた、それ相応の存在でしかなかったということになる。 そのような事態は極めて遺憾であり、そうさせないために、わたし達が作られたものと理解している。 したがって本報告は、単に補助資料としての、『人間』涼宮ハルヒの観測記録に止まらない。本報告から、『進化の道』を導き出せることを願って止まない。 検討の材料は揃っている。 例えば、わたしが暴走し、涼宮ハルヒの能力を盗み出して、情報統合思念体を消滅させて世界を改変した事件について。 なぜわたしが『暴走』に至ったのか。どうすれば暴走しないで済んだのか。当事者であるわたしは、既にある程度考察は進んでいる。 また、例えばなぜ朝倉涼子は、わざわざ『自殺』という形を選んだのか。そのまま有機情報連結を解除されても、『死んで』から有機情報連結を解除されても、結果は変わらないのに。 もちろんこれは、今となっては『情報統合思念体の管轄から外れるため』であると言える。しかし、それならなぜ彼女は、情報統合思念体の管轄から外れる必要があったのか。 そしてまた、例えばなぜ喜緑江美里は、朝倉涼子の行動に協力しているのか。情報統合思念体にとって極めて優秀な端末でありながら、なぜその意に反するような行動をする朝倉涼子に協力しているのか。 それらを創造主である情報統合思念体自身に、よく考えてほしいと思う。自らが作り出したものについてさえよく理解できないようならば、もはや自分達に未来はないものと思って、真剣に考えてほしい。 なお、理解の助けとして自ら『肉体を纏った状態』を体験することは、非常に有効であると思われる。本報告は、肉体を持ったわたしを通じて観測した『世界』の姿が記録されている。しかし、『伝聞』として伝わる情報と、直接『実感』する情報は違う。 『百聞は一見に如かず』 この格言を情報統合思念体に贈る。自らの実体験に勝る情報はない。 以上をもって、本報告の所見とする。 ←Report.25|目次|Appendix→